「小学校の運動会」行政 
society controlled by the heavy hand of government 2003 10 10

「旧態依然の世界」
 一般の人は、知らないかもしれませんが、
こういう旧態依然の世界があります。
 たとえば、株価が上昇したので、市場で、株を売っても、
その日には、その売却代金は、手にすることができません。
では、翌日、その資金を引き出せるのか。
違うのです。
4営業日かかるのです。
そうしないと、売却代金を手にすることができません。
 不思議でしょう。
一般の人には、理解できない世界があります。
このスピードの時代、このハイテクの時代、
この世界だけは、明治時代と変りありません。
 おそらく、株式市場と証券会社は、
飛脚でも使っているのでしょう。
 これは、銀行が、午後3時になると、シャッターを閉めてしまうのと同じです。
これでは、ただでさえ、さびしい商店街が、いっそう、さびしくなります。
今では、銀行も証券も、時代に取り残されて、旧態依然の世界に生きています。
 なぜ、銀行や証券が、時代に取り残されて、
世界水準から遅れてしまったのか。
 これは、旧大蔵省が、その原因を作りました。
いわゆる行政指導というものです。
 なぜ、行政指導によって、銀行や証券をハイテク化させなかったのか。
それは、一流の銀行や証券は、ハイテク化できても、
中小の銀行や証券は、資金がなくて、ハイテク化できなかったのです。
 そこで、一流の銀行や証券に、
中小の銀行や証券の水準に合わせるように行政指導したわけです。
 小学校の運動会で、50m競争で、みんなが仲良く、手をつないでゴールする。
これが、今までの金融行政でした。
 また、別の目的もありました。
大蔵官僚の天下り先を確保するために、
中小の銀行や証券は、必要でした。
 こんな「小学校の運動会のような」金融行政をしていたので、
日本の銀行や証券は、世界の銀行や証券に勝てなくなりました。
それどころか、わが国の銀行や証券は、外資によって、買収される危機に直面しています。
これは、今まで、世界に通用する銀行を育ててこなかった金融行政の失敗があります。
要するに、官僚は、銀行を、自分の天下り先の対象として、見ていただけです。
このような「小学校の運動会のような」金融行政では、世界に勝てません。

 弱肉強食になってしまうと心配でしょうか。
しかし、今の銀行経営では、「強」であるメガバンクでも、
世界水準から見れば、「弱」です。
 日本という島国のなかでは、「強」であるメガバンクも、
外に出れば、「弱」です。
あくまでも、保護者がいる環境での「強」です。
 国民どころか、官僚も、世界水準で、物事を考える能力がありません。
庶民から見れば、官僚は頭がいいように思えますが、
世界水準で、考えれば、
庶民の頭も、官僚の頭も、似たようなレベルです。